SIerの舞台裏:歴史から未来の展望まで

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本記事では、SIerの歴史や日本独自のビジネス構造から、近年の変化・課題、そしてこれからの未来までを幅広く解説していきます。文系の方やIT未経験の方にもわかりやすいよう、専門用語はなるべく噛み砕いて紹介します。

1.SIerとは何か?

1-1.SIerの定義

「SIer(システムインテグレーター、System Integrator)」とは、企業や官公庁などの“ユーザー”が求める業務システムやITインフラを、設計・開発・導入・運用保守といった一連の工程を請け負い、提供する企業のことを指します。一般的には「システム開発会社」と呼ばれることもありますが、幅広いITソリューションのコンサルティングから運用までを総合的にサポートする側面があり、“システムインテグレーター”という呼称が定着しています。

1-2.SIerとソフトウェア開発会社の違い

ソフトウェア開発会社が、自社パッケージの開発や特定のアプリケーション開発に特化しているケースが多いのに対して、SIerはプロジェクトに応じて必要な技術や製品を組み合わせ、“顧客向けの最適解”をゼロから作り上げることが特徴的です。顧客のシステム化要望をヒアリングし、業務の分析を行いながら設計を行い、開発や外部ベンダーの調整も担います。まさにシステムを「統合」して、顧客に最も合ったソリューションを提供するのがSIerの役割です。

2.日本におけるSIerの歴史

2-1.メインフレームの時代と大手電機メーカー

日本のIT産業の黎明期である1960~1970年代、企業や官公庁に導入されるコンピュータと言えば、メインフレームと呼ばれる大型コンピュータが主流でした。当時は富士通、日立、NECといった総合電機メーカーが自社ハードウェアを中心にシステム導入を行い、ハードとソフトを一体となって提供していました。いわば、これらの大手電機メーカーがSIer的な役割を兼ねていたとも言えます。

当時のコンピュータは高額であり、システム開発にも専門的な技術が必要でした。そこではハードを売るだけでなく、運用保守や業務系アプリケーションの開発など、顧客企業が使いこなせる状態までサポートする仕組みが求められます。こうした流れから、日本では早くから「SI(システムインテグレーション)」を包括的に担う企業のニーズが高まりました。

2-2.オープン化・分散化への流れ

1980年代後半から1990年代にかけて、メインフレーム中心のシステムからオープン化・分散化が進み、UNIXサーバやパソコンを活用した業務システムへのシフトが加速しました。これにともない、日本企業の情報システムに対するニーズも一段と多様化し、「汎用機を一括導入」から「業務に合わせて柔軟にシステムを構築する」という流れが加速します。

この頃から、ハードウェアを中心とした大手電機メーカーだけでなく、専門のソフトウェアハウスや新興SIer企業が多数登場。各企業が協力・分業しながらシステム開発を進める体制が整っていきました。

2-3.下請け構造と多重下請けの問題

日本独特の問題として、システム開発プロジェクトにおける「多重下請け構造」が長らく指摘されてきました。大手SIer(一次請け)が顧客企業と契約を結び、実際の開発やテスト工程を二次請け、三次請け、それ以上の下請け企業に発注するという仕組みです。

多重下請け構造の是非は議論が絶えません。確かに大規模プロジェクトでは多方面の専門知識や人手が必要になるため、各専門分野に強みを持つ企業に発注することは合理的な一面があります。しかしその一方で、プロジェクト全体の管理が難しくなる、情報の伝達ロスが起こりやすい、コストがかさみがちになるなどの問題も顕在化してきました。

3.SIerが担う役割と業務内容

3-1.要件定義・コンサルティング

SIerの仕事は、ただプログラムを作るだけではありません。プロジェクトの最上流工程として、顧客のビジネス課題のヒアリングや業務プロセスの分析を行い、システム化の方針や要件を定義します。ここでは、顧客側の部署や業務担当者が抱える課題を正しく理解し、ITシステムで解決できる方法を導き出すことが重要です。

文系の方でも、コンサルタントや上流工程に関わる職種であればコミュニケーション力や論理的思考力を活かしながら活躍できます。技術的な知識も必要ですが、まずは顧客の課題を引き出し、それを整理する力が重要視されます。

3-2.設計・開発・テスト

システムの方向性が定まった後、設計~開発~テストといった工程が続きます。プログラミングやデータベース設計、インフラ構築など技術的な作業が中心となりますが、大規模プロジェクトになるほど複数のチームが同時並行的に作業を進めていきます。

文系の方がエンジニアとしてこの領域に踏み込む場合は、最初はプログラミングやネットワークの基礎知識を学ぶところからスタートするのが一般的です。未経験でも研修制度やOJTが整備されている企業も多く、先輩エンジニアの指導のもとで実践的にスキルを身につけるケースが多いでしょう。

3-3.運用保守・サポート

システムは導入して終わりではありません。長期にわたって安定稼働させるための運用保守は、SIerにとって大きなビジネス領域です。大手の企業システムは24時間365日の稼働が要求され、障害対応やバージョンアップなど、運用フェーズでのサポートが欠かせません。

運用保守の現場では、顧客とのコミュニケーションはもちろん、チーム内での情報共有も綿密に行われます。地道な作業が多いですが、システム全体を俯瞰できる力が身につき、のちに上流工程にステップアップする際の土台にもなります。

4.SIerのビジネスモデルと課題

4-1.ウォーターフォール型開発の優位性と限界

日本のSIerが長らく採用してきたのは、「ウォーターフォール型」と呼ばれる開発手法です。上流工程から順に“滝が流れるように”工程を進めるため、大規模プロジェクトの進行に向いているというメリットがあります。要件定義から設計、開発、テスト、導入までの各工程が明確に区切られ、責任分界点もわかりやすいです。

しかし、昨今のビジネス環境は変化のスピードが速く、要件定義時に作成した仕様書がすぐに陳腐化してしまうことも珍しくありません。ウォーターフォール型だと途中で仕様変更が発生するたびに大規模な手戻りが生じる可能性があり、コストや期間が膨張しがちという課題があります。

4-2.多重下請け構造とコスト構造

前述の通り、大手SIerが案件を受注し、実際の開発作業を二次請け、三次請けへと流すのが日本型の典型的な構造です。結果として「仕事の実態が見えにくい」「品質保証がどこで担保されているかわからない」「コミュニケーションロスが多い」といった問題が発生します。さらに、間に入る企業ごとにコストが上乗せされ、顧客への請求額が高くなる一因にもなっています。

もちろん、この多重下請け構造があるからこそ大規模・複雑な案件を捌けるメリットもあります。専門分野に分業することで、最新技術に強いベンダーや特定業務に強いベンダーを組み合わせ、総合力を発揮できるという利点はあるのです。今後はこの構造をいかに効率よくマネジメントしていくかが大きなテーマと言えます。

4-3.SIer離れと内製化の潮流

近年、ユーザー企業が自社内でエンジニアを育成し、システムを内製化する動きが活発化しています。クラウドサービスやSaaSの普及、開発ツールの進化により、以前ほど大規模なサーバ構築や専用ソフトウェアが必要なくなってきたからです。

この「内製化の潮流」に伴い、SIerに外注するケースが減少するかもしれない、と言われることもあります。しかし実際には、基幹系システムやセキュリティが絡む部分では高度な専門知識が必要となるため、依然としてSIerの存在意義は大きいです。ただし、今後は以前のように“何でもおまかせ”型ではなく、より顧客企業に近い立場でコンサルティングする役割を期待されるようになっていくでしょう。

5.IT業界の潮流とSIerの変革

5-1.アジャイル開発やDevOpsの台頭

ビジネス環境の変化が速まる中、ウォーターフォール型の課題を補う新たな開発手法として「アジャイル開発」や「DevOps」が注目を集めています。アジャイル開発では、システムを小さな単位で繰り返し開発し、ユーザーからのフィードバックを柔軟に取り入れながら段階的に機能を追加・改善していきます。DevOpsは開発(Development)と運用(Operations)を一体化する概念で、リリースサイクルを短くし、品質を高めることを重視します。

従来の大規模開発に強いSIerにとっては、こうした新しい手法へ対応することが大きな転換点になります。特に文系・未経験者にとっては、アジャイル開発のチーム運営やコミュニケーションプロセスに関わる仕事が増えれば、自身の強みが活かせる場面が増える可能性があるでしょう。

5-2.クラウド化とサービス化

AWSやAzure、Google Cloudといったパブリッククラウドサービスが普及し、企業が独自にサーバを保有せずとも、必要に応じてリソースを借りられる時代です。これにより、ハードウェア保守や大がかりなサーバ構築といった作業が激減し、SIerのビジネスモデルにも変化をもたらしています。

SIerに求められる役割は、「クラウド環境をどう設計・運用すれば顧客企業のビジネスに最適化できるか」というコンサルティングの部分にシフトしつつあります。さらに、ビッグデータ解析やAIといった先端領域にも深く関わる企業が増え、そのためのクラウド活用戦略を立案・導入するコンサルティングが新たな収益源となってきています。

5-3.デジタルトランスフォーメーション(DX)の加速

企業が自社ビジネスをITによって抜本的に再構築し、新たな価値を生み出す「デジタルトランスフォーメーション(DX)」がここ数年のキーワードとなっています。DXの成功には、単にシステムを導入するだけではなく、企業文化や組織体制を変革しながら新しいビジネスモデルを作り上げることが必要です。

SIerも単なる「システム開発者」ではなく、「顧客企業のDX推進パートナー」として、ビジネスモデルの提案や業務改革への助言が求められています。これは、とりわけ文系の方にもチャンスがある領域と言えるでしょう。ITとビジネスを結びつけ、企業の変革をサポートするコンサルタント的な役割が増えていくはずです。

6.SIerで求められる人材像

6-1.コミュニケーション能力と調整力

SIerの仕事は、顧客企業の要望を的確に把握し、それを実現するために複数の開発チームやベンダーと協力することが求められます。そこで重要になるのが、コミュニケーション能力調整力です。

  • 顧客が漠然と抱えている問題を具体化する質問力
  • プロジェクトの進捗や品質を管理し、関係者と情報共有する調整力
  • エンジニアリングの知識を平易な言葉に翻訳し、顧客へ説明する力

文系出身だからこそ、相手の言葉を汲み取り、わかりやすく整理して提案するスキルが活かせる場面は多いです。

6-2.技術トレンドを学習し続ける姿勢

システム開発においては、プログラミング言語やフレームワーク、クラウドサービスなど、技術トレンドが目まぐるしく変わります。文系出身の方は最初はハードルを感じるかもしれませんが、IT企業で働く以上、最新の技術情報にアンテナを張り、学習し続ける姿勢は欠かせません。未経験であっても、勉強意欲や好奇心があれば先輩社員がフォローしてくれるケースは多いです。

6-3.問題解決力と論理的思考

システムにトラブルや不具合が発生したときに、何が原因なのかを論理的に切り分け、適切に対処する力はエンジニアリングの世界では非常に大切です。これは理系だけの専売特許ではありません。文系でも論理的思考力を鍛え、問題を分析する手法を学べば、十分に活躍することができます。

7.今後のSIerの展望:新たな価値創造の場へ

7-1.コンサルティング色の強化

今後のSIerは、従来の「受託開発」「運用保守」の枠を超えて、よりコンサルティング的な役割を担う企業が増えていくでしょう。IT戦略の立案支援から、DX推進に向けた組織改革のコンサルティングまで、顧客企業とともに事業を創り上げるパートナーとしての側面が強まります。

これは、文系の方にも大きなチャンスです。テクノロジーを語るためには基礎的なIT知識は必要ですが、そのうえで「顧客企業のビジネスや経営課題を理解し、最適なソリューションを提案する」というコンサル的視点が求められます。経済学や社会学、心理学など、文系的バックグラウンドを持った方が力を発揮できる場面が増えるはずです。

7-2.グローバル化とオフショア開発

日本国内の少子高齢化により、IT人材不足は深刻さを増しています。一方、海外には優秀な技術者が多数存在し、開発コストも抑えられるため、オフショア開発を活用する企業は今後も増える見込みです。SIerもグローバル規模で開発リソースを確保する必要に迫られ、海外子会社や提携企業を設立・拡充していく動きが進むでしょう。

グローバル案件では、異文化コミュニケーション力や語学力も大きな武器になります。文系出身・語学堪能な方であれば、海外チームと日本国内の橋渡しを行うプロジェクトマネージャーやコーディネーターとしてのキャリアを目指すことも考えられます。

7-3.AIやデータサイエンスへの展開

AI(人工知能)やデータサイエンス分野は、今後ますます需要が高まることが予想されます。企業に蓄積された大量のデータを分析し、新たなビジネス価値を創出する支援は、SIerにとっても重要な収益源となる可能性があります。

文系の方にとっても、データを活用するプロジェクトでは統計学や論理的分析力、顧客要件のヒアリング力などが重要です。高度な数学やプログラミングだけが全てではなく、顧客のビジネス課題を正しく把握して分析結果を使いやすい形にまとめる“翻訳者”の役割が欠かせません。

8.文系・未経験からSIerへの就職を考える方へ

8-1.キャリアパスの多様化

一昔前のSIerのキャリアパスといえば、入社後にプログラミングや運用保守を経験し、やがてチームリーダーやプロジェクトマネージャーへとステップアップするのが主流でした。しかし、現在はDX推進やコンサルティング色の強化など、SIerの役割が多面的になっています。

  • プロジェクト管理や要件定義に強い「上流工程スペシャリスト」
  • 新たな事業企画やコンサルティングに携わる「ビジネスコンサルタント」
  • データ分析やAIに関わる「テック+ビジネスのハイブリッド人材」

こうした多様なキャリアパスが存在するため、文系出身であっても自分の強みを活かして活躍できる道が数多くあります。

8-2.未経験でも学べる環境を重視

SIer企業によっては、新卒や未経験者向けに充実した研修プログラムを用意していたり、社内勉強会・資格取得支援を積極的に行っているところもあります。IT未経験であるほど、最初の環境選びが重要になるので、就職活動中には「入社後のサポート体制」「研修カリキュラムの充実度」をしっかり確認しましょう。

また、面接や自己PRの場では、自分なりにIT分野を学んできたプロセスをアピールすると効果的です。たとえば、無料で学べるオンライン教材やプログラミングスクールを活用し、独学で基礎を学んでおけば、企業側にも「やる気がある」「学びの素地がある」と認識してもらいやすくなります。

8-3.情報収集と企業研究

SIerと一口に言っても、大手総合系から特定業界に強い専門系、小規模で尖った技術力を持つベンチャー系など、企業の特色は多岐にわたります。それぞれの企業で扱うプロジェクトの規模・内容・働き方も異なるため、自分がどんな仕事をしたいのか、どんな環境を望むのかを明確にして企業研究を行いましょう。

  • 大手総合系:プロジェクトが巨大で安定感がある一方、歯車になりやすい側面もある。
  • 専門系・独立系:特定分野に特化しており、ニッチな強みを磨きやすい。
  • ベンチャー系:最新技術や新規事業に挑戦できる環境があるが、安定性にはやや不安が残る場合も。

自分のキャリアビジョンに合った企業を選ぶことが、長期的な成長や満足につながるでしょう。

9.まとめ

ここまで、SIerの歴史からビジネス構造、現代の課題や未来の展望までを解説してきました。日本では、メインフレーム時代からウォーターフォール型開発、多重下請け構造といった独自の慣習が育まれてきましたが、近年はクラウドやアジャイル、DX推進などの新潮流を受け、大きな変革期を迎えています。

文系・未経験の方がSIerに興味を持つ場合、「IT技術に関する抵抗感をいかに克服するか」が最初の壁かもしれません。しかし、SIerの現場は技術力だけで回っているわけではなく、顧客企業の業務を深く理解し、最適なソリューションを提案し、チームを調整し、運用まで含めてサポートする総合力が求められます。コミュニケーション能力、調整力、論理的思考力、そして学習意欲があれば、文系出身であっても活躍のチャンスは大いにあります。

これからのSIerは、従来のシステム開発請負企業から、ビジネスや組織の変革をともに進めるパートナーへと進化していくことが期待されています。文系の視点であっても、新しい技術を理解しながら「どうすれば顧客企業がより良い価値を得られるか?」を考える姿勢があれば、IT業界の変化とともに自分自身も成長していけるでしょう。

皆さんの就職・転職活動において、SIerという選択肢が少しでも明確な形になれば幸いです。多様化するITの世界で、自分らしいキャリアを描いていくための一つのステップとして、本記事を参考にしていただければと思います。文系・未経験からでも十分にチャンスはあります。ITの知識とビジネス感覚の両方を高め、「新たな価値を創造する力」を身に付けていってください。

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